麻布十番駅からほど近い場所で、230年を超える歴史を今に伝える、江戸時代からの伝統を受け継ぐお蕎麦屋さんです。総本家更科堀井 本店は、港区元麻布に店を構え、麻布十番の街の移り変わりを見つめてきました。

創業は寛政元年（1789年）にさかのぼります。初代は信州出身で、もともとは信州特産の布を商い、特に当時の領主である保科家の御用達を務めていました。その初代が、保科家の江戸屋敷のそばにあった麻布永坂町でそば屋を開いたのが始まりと伝わっています。当時は「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」という看板を掲げ、そば処として名を馳せました。店名にある「更科」という名前は、信州そばの集散地「更級」の音と、保科家から許された「科」の字を合わせて名付けられたと言われています。江戸時代から大名屋敷や寺院に出入りし、明治時代には皇后や宮家にも出前を届けるなど、そばの名店としての地位を確立しました。

しかし、昭和時代に入り、恐慌や戦時下の影響で昭和16年（1941年）に惜しくも一度廃業してしまいます。その後、店は再建されたものの、商標などが堀井家の手を離れてしまうという曲折がありました。そこで、創業の血筋である堀井家が「真においしいそばを届けたい」という一心で、代々の地である麻布を離れず、昭和59年（1984年）に麻布十番商店街の一角で「総本家更科堀井」を再興しました。現在、麻布十番の周辺には他にも更科の名を冠するお蕎麦屋さんがありますが、血筋を継いで再スタートを切った堀井家の店として、その伝統を守り続けています。また、かつて四代目の女将さんが「うちのそばは高いのだから、量を少なくするな」と言い伝えたことから、他のお店と比べてボリュームたっぷりのお蕎麦を味わえるのも、こちらならではの嬉しい特徴です。

お店の看板メニューとして広く知られるのが、白い輝きを放つ「更科そば」です。これは、そばの実の中心部分、わずか10パーセントほどしか取れない真白いそば粉（さらしな粉）だけを贅沢に使って打たれたお蕎麦です。つるりとした喉越しと、ほのかに香る上品な甘さが魅力で、その真っ白で美しい見た目から、かつては「御前蕎麦」として大名家や将軍家に献上される高級そばの地位を築いていました。

また、総本家更科堀井を訪れたら、ぜひ楽しんでいただきたいのが、四季折々の素材を取り入れた「季節の変わりそば」です。季節によって桜や紅花、菊花などさまざまな食材がそば粉に練り込まれ、彩り豊かで季節の移ろいを舌と目で感じさせてくれます。繊細な更科そばがベースになっているからこそ、素材の色や香りが一層際立ちます。さらに、そばのお供には「だし巻き卵」がおすすめです。お出汁の旨みがじゅわっと染み出し、少し甘めに仕上げられた味わいは、お蕎麦のつゆとの相性も抜群で、職人さんの技が光る一品です。まん丸の形が印象的な「三つ葉と海老のかき揚げ」も人気が高く、ほろほろとした食感の揚げたてを、つゆにつけていただくのは、江戸時代から続く「蕎麦屋飲み」の粋な楽しみ方としても親しまれています。お酒のメニューやおつまみも充実しているので、お蕎麦が出るまでの時間をゆっくりと楽しんでみてはいかがでしょうか。

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