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福井<永平寺>からズズ〜っと越前海岸を通って105キロ!ゴールは日本三大松原<気比>
福井県の山あいに広がる大本山永平寺は、曹洞宗の開祖・道元禅師が1244年に開いた禅の修行道場です。今も全国から集まった修行僧が暮らし、坐禅や読経、食事、掃除など、日々の営みそのものを修行として続けています。観光のために残された寺院ではなく、約780年を経た現在も禅の教えが息づく場所であることが、永平寺の大きな特徴です。山に囲まれた境内には70棟を超える堂宇が建ち、長い回廊と階段で結ばれています。創建後は火災などによって何度も伽藍を失ったため、現在目にする建物の多くは江戸時代後期から近代にかけて整えられたものです。
境内の中心となるのが、七堂伽藍と呼ばれる山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、東司、浴室です。それぞれが単なる建物ではなく、修行僧の生活に欠かせない役割を担っています。中央には山門から仏殿、法堂へと主要な堂宇が続き、周囲の僧堂や大庫院などを回廊が結びます。この伽藍のつくりそのものに、坐禅を中心とした禅の暮らし方が表されています。境内の建造物のうち、仏殿や法堂、山門、僧堂、大庫院、承陽殿など19棟は国の重要文化財に指定されています。
なかでも法堂は境内でもひときわ大きなお堂です。現在の建物は1842年に建てられたもので、朝のおつとめをはじめ、さまざまな法要が営まれます。1902年に建てられた仏殿には本尊の釈迦牟尼仏がまつられ、禅寺らしい端正な建築を見ることができます。また、1901年の僧堂は修行僧にとって坐禅、食事、就寝を行う大切な修行の場です。修行の中心となる場所だけに、観光施設を見る感覚ではなく、静かに見学したいところです。
道元禅師をまつる承陽殿も見逃せません。曹洞宗の宗祖の廟所にあたり、永平寺の中でも特に大切にされている場所です。一方、華やかな美しさで目を引くのが傘松閣です。永平寺というと厳しい禅寺の印象がありますが、境内を歩くと、重厚な伽藍、磨き込まれた廊下、山の緑を望む窓、静かな中庭などが次々と現れ、建築と自然がひとつにつながったような景色を楽しめます。長い階段状の回廊も永平寺を象徴する風景のひとつで、1930年に整えられた廻廊5棟も重要文化財です。
境内には瑠璃聖宝閣もあり、道元禅師や永平寺の歴史にかかわる文化財が収蔵されています。永平寺が守り伝える文化財の中でも特に重要なのが、道元禅師の真筆とされる国宝普勧坐禅儀です。坐禅の心得を示した文書で、永平寺が単に歴史の古い寺ではなく、日本の禅文化を今へ伝える中心地であることを感じさせてくれます。
参拝では、現在も修行が続いている寺院であることを意識しておきたいところです。修行僧を間近で見かけることもありますが、修行の妨げにならないよう静かに巡り、撮影については現地の案内に従うのが基本です。また、境内は山の斜面に沿って広がり、堂宇を結ぶ階段や長い廊下を歩きます。歩きやすい靴で訪れると安心です。季節によって拝観時間などが変わる場合もあるため、訪問前には最新情報を確認してください。深い杉木立に包まれた参道から伽藍へ進み、今も続く禅の暮らしにそっと触れることができる大本山永平寺は、福井を代表する寺院であると同時に、日本の禅文化を身近に感じられる貴重な場所です。
| 住所 | 福井県吉田郡永平寺町志比5−15 |
|---|---|
| 電話 | 0776-63-3102 |
daihonzan-eiheiji.com…
福井市の山あいに、戦国時代の城下町が丸ごと眠る一乗谷朝倉氏遺跡は、越前を治めた朝倉氏5代の繁栄を今に伝える大規模な遺跡です。朝倉氏は南北朝時代に越前へ入り、応仁の乱を経て勢力を広げました。1471年ごろから一乗谷を本拠として越前の支配を固め、その後およそ100年にわたって政治や文化の中心地として栄えました。最盛期を迎えた5代当主・朝倉義景の時代には、のちに室町幕府15代将軍となる足利義昭も一乗谷を訪れています。しかし1573年、義景が織田信長との戦いに敗れ、朝倉氏は滅亡。城下町も戦火に包まれ、その歴史に幕を下ろしました。
大きな特徴は、戦国時代の城下町の姿をひとまとまりでたどれることです。1971年には約278haが国の特別史跡となり、その後も50年以上にわたって発掘調査と整備が続けられてきました。調査によって、朝倉氏当主の館だけでなく、武家屋敷、寺院、商人や職人が暮らした町屋、道路、井戸などが次々と確認されています。さらに庭園群のうち4庭園は一乗谷朝倉氏庭園として国の特別名勝となり、出土品2,343点は国の重要文化財に指定されています。戦国大名の城だけを見るのではなく、武士から町人までが暮らした「ひとつの町」を想像しながら歩けることが、この遺跡ならではの魅力です。
散策の中心となるのが朝倉館跡です。約6400㎡という広い敷地に10数棟の建物が並んでいたことが分かっており、接客に使われた主殿や会所、日常生活の場だった常御殿、台所、湯殿などの跡が残ります。館を囲んだ堀や土塁からは防御を意識した造りが分かる一方、中国製の陶磁器や茶器なども出土しており、朝倉氏が戦国武将であると同時に、京都の文化を取り入れた華やかな暮らしを営んでいたこともうかがえます。館跡正面に立つ唐門は一乗谷を象徴する風景として知られていますが、朝倉氏が栄えた当時の建物そのものではなく、朝倉義景の菩提を弔うため江戸時代に建てられたと考えられています。
館跡の周辺では庭園巡りも楽しめます。朝倉館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園、南陽寺跡庭園の4庭園が特別名勝となっており、石の組み方や池の形から室町時代末期の庭園文化を感じられます。なかでも諏訪館跡庭園は4庭園の中で最も規模が大きく、朝倉義景が小少将のためにつくったと伝わる庭園です。南陽寺では1568年、足利義昭を迎えて糸桜を眺めながら歌会が開かれたと伝わり、戦乱だけでは語れない一乗谷の文化的な一面を伝えています。
当時の暮らしをより身近に感じたいなら復原町並も見逃せません。発掘された礎石や井戸、道路などをもとに、武家屋敷や町屋が立体的に復原されています。武家屋敷では主屋だけでなく、蔵、井戸、便所なども再現され、町屋では商人や職人が暮らした空間をたどれます。道路には直角に折れ曲がる場所やT字路、行き止まりなどが設けられ、防御まで考えて町が計画されていたことも分かっています。遺跡だけでは想像しにくい戦国時代の日常生活を、建物の大きさや道幅まで含めて体感できる場所です。
さらに山上には、標高473mの一乗谷城跡が残ります。ただし、館跡や復原町並を巡る一般的な史跡散策とは異なり、こちらは本格的な山歩きになります。登山道には急な傾斜や岩肌が露出した滑りやすい場所があり、福井市も登山向きの服装を呼びかけています。また周辺ではクマの目撃や痕跡も確認されているため、山城まで向かう場合は熊鈴などの対策が必要です。短時間の観光なら無理に山城まで登らず、朝倉館跡、庭園、復原町並を中心に巡り、あわせて福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館で出土品や城下町の全体像を見ておくと、一乗谷が単なる城跡ではなく、かつて多くの人が暮らした戦国都市だったことがより鮮明に感じられます。
| 住所 | 〒910-2153 福井県福井市城戸ノ内町 |
|---|
一乗谷朝倉氏遺跡公式ポータルサイト|国の特別史跡、特別名勝、重要文化財」の三重指定を受けている全国でも貴重な遺跡。京の都に勝るとも劣らないと言われた当時の城下町の様子をほぼそのまま復原。福井県立一乗谷朝倉氏博物館も開館しました。…
福井県鯖江市で、福井名物のソースカツ丼を味わえる洋食店です。ヨーロッパ軒 神明分店は、福井を代表するソースカツ丼の系譜を受け継ぐ1軒で、鯖江市の観光公式情報でも福井名物を楽しめる店として紹介されています。ヨーロッパ軒の歴史は1913年までさかのぼり、創業者の高畠増太郎がドイツで料理を学んだのち、ウスターソースを日本人の味覚に合うよう工夫してソースカツ丼を考案しました。同年、東京の料理発表会で披露し、東京・早稲田でヨーロッパ軒を開業。1923年の関東大震災を経て福井へ戻り、1924年に福井の片町通りで店を開きました。その後は料理人への暖簾分けによって県内へ店が広がり、神明分店もその流れをくむ店舗です。
看板料理のソースカツ丼は、卵でとじる一般的なカツ丼とはかなり違った姿です。ヨーロッパ軒では、薄く仕立てた豚肉に目の細かなパン粉をまとわせてカラリと揚げ、熱いうちにウスターソースをもとにした秘伝のタレへくぐらせるのが基本。さらにご飯にもタレをなじませ、その上にカツを重ねます。鯖江市の観光公式情報では、神明分店のカツをやわらかくジューシーな仕上がりと紹介しており、特製ソースをまとったカツとご飯を一緒に楽しめるのが魅力です。濃厚そうに見えながら、ヨーロッパ軒のソースは甘みと酸味のバランスを大切にした味わいで、薄めのカツとの組み合わせも大きな特徴です。
このソースカツ丼は、福井の食文化を知るうえでも外せません。文化庁の「100年フード」では「福井のソースカツ丼」が近代の100年フードとして認定され、発祥時期は1913年とされています。現在では福井県内のさまざまな飲食店で親しまれていますが、その出発点となったのがヨーロッパ軒です。厚いトンカツを卵で包むのではなく、薄いカツ、細かな衣、香りのよいソース、ご飯というシンプルな組み合わせで完成させるところに、100年以上受け継がれてきたスタイルが感じられます。
ヨーロッパ軒の楽しみはソースカツ丼だけではありません。系列店では、ミンチカツを使ったパリ丼、エビフライとカツを組み合わせるミックスカツ丼、カツ・エビ・ミンチを一度に楽しめる丼など、洋食店らしいバリエーションも受け継がれています。なかでもパリ丼は、ソースカツとは異なる肉のうまみと食感を楽しめるヨーロッパ軒らしい一品です。ただし、ヨーロッパ軒は暖簾分けされた各店でメニューに違いがあるため、神明分店で当日扱っている料理については店頭で確認するのが確実です。
ヨーロッパ軒 神明分店は、観光客向けに作られたご当地グルメ店というより、福井で長く受け継がれてきた洋食文化を身近に味わえる店として立ち寄りたいところです。鯖江市の水落町にあり、鯖江観光の途中で福井らしい食事を楽しみたいときにも向いています。初めてなら、まずはソースカツ丼から。カツそのものだけでなく、ソースがしみたご飯まで一緒に頬張ると、福井で「カツ丼」と聞いてソースカツ丼を思い浮かべる人が多い理由を、料理そのものから感じられます。
| 住所 | 福井県鯖江市水落町1丁目12-21 |
|---|---|
| 電話 | 0778-52-2582 |
こちらは『ヨーロッパ軒 神明分店(鯖江/カツ丼)』のお店ページです。実名でのオススメが19件集まっています。Rettyで食が好きなグルメな人たちからお店を探そう!…
越前町の越前焼の館は、日本六古窯のひとつに数えられる越前焼を、さまざまな窯元の作品から選んで購入できる窯元直営の展示販売施設です。越前陶芸村の一角にあり、館内には壺や花瓶といった伝統的な作品から、皿、鉢、茶碗、マグカップ、酒器など普段の暮らしに取り入れやすい器まで、約1,000アイテムが並びます。ひとつの窯元だけではなく、産地の作品をまとめて見比べられるため、越前焼を初めて手に取る人にも訪ねやすい場所です。
越前焼の歴史は古く、本格的な産地としての始まりは約850年前の平安時代末期までさかのぼります。12世紀後半には現在の越前町小曽原周辺で窯が開かれ、壺や甕、すり鉢など、人々の暮らしに欠かせない日用品が盛んにつくられるようになりました。室町時代から戦国時代にかけて生産規模が大きくなり、越前海岸に近い土地柄を生かして日本海の海運にも乗り、製品は北海道から島根県まで広がりました。華やかな鑑賞用の器よりも、毎日の生活を支える丈夫な道具をつくり続けてきたことが、越前焼らしい素朴で力強い姿につながっています。
長い歴史の一方で、近代には水道の普及や磁器製品の広がりなどから需要が減り、産地が衰えた時期もありました。その後、古窯跡の調査や研究が進み、戦後には「越前焼」の名が広く知られるようになります。1970年からは越前陶芸村の整備が始まり、産地再興への取り組みが本格化しました。1986年には国の伝統的工芸品に指定され、2017年には越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前からなる「日本六古窯」が日本遺産に認定されています。
越前焼の館のおもしろさは、こうした歴史ある焼き物が「昔の工芸品」として並んでいるのではなく、現在の陶工がつくる生活の器として一堂に集まっているところです。越前焼は、鉄分を含んだ土を高温で焼き締めた落ち着きのある土肌や、薪の灰が器に付着して生まれる自然釉などが大きな魅力です。その伝統を受け継ぎながら、現在の窯元はそれぞれ異なる造形や釉薬、使い心地を追求しています。そのため館内を巡ると、同じ越前焼でも作り手によって表情が大きく異なることが分かります。
なかでも目を向けたいのが、越前焼らしい自然釉の壺や花瓶です。土と炎がつくる素朴な色合いには、古くから続く焼締めの魅力がよく表れています。一方で、日常使いなら皿や鉢、茶碗なども豊富です。さらにビアマグやワインカップといった現代の食卓になじむ器も並び、伝統工芸という言葉から想像するより、ぐっと身近な感覚で選べます。窯元ごとの作風を比べながら、自分の暮らしに合うひと品を探せるのが、この施設ならではの楽しみです。[福井県観光情報ホームページ ふくいドットコム](https://www.fuku-e.com/spot/detail_1403.html?utm_source=chatgpt.com)
周辺には越前焼の歴史を学べる福井県陶芸館や、陶芸教室、越前陶芸村文化交流会館なども集まっています。福井県陶芸館では資料展示に加えて手ひねりや電動ろくろ、絵付けなどの陶芸体験も行われているため、まず歴史や技法を知り、実際に土に触れ、最後に越前焼の館で現在の作家たちの器を見るという巡り方も楽しめます。広い越前陶芸公園を散策しながら、約850年続いてきた越前焼を「見る・つくる・選ぶ」という異なる角度から味わえるのが越前陶芸村の魅力です。
| 住所 | 〒916-0273 福井県丹生郡越前町小曽原5−33 |
|---|
【越前焼公式】日本六古窯・国指定伝統的工芸品・日本遺産認定 越前焼の専用サイト|トップページ
越前焼は日本六古窯の1つに数えられる国指定伝統的工芸品です。このサイトは越前焼工業協同組合の窯元の商品を越前焼の館が紹介しています。…
福井県丹生郡越前町の織田地区で、戦前から地元の人たちに親しまれてきた食事と喫茶の店がいなだやです。正式にはレスティ いなだやとも呼ばれ、かつて福井鉄道鯖浦線の駅があった場所に近く、現在の織田バスターミナルのすぐ隣で店を構えています。うどんやそば、ラーメン、丼、定食といった食堂らしい料理から、洋食、パフェなどの喫茶メニューまで幅広くそろい、メニュー数は150種近くにのぼると紹介されています。「レスティ」という名前も「レストラン」と「ティー」を組み合わせたもので、食事だけでなく喫茶店としても気軽に立ち寄れる店の成り立ちをよく表しています。
この店を語るうえで外せないのが洋風うどんです。現在の店舗が新築された約40年前、もともとの鍋焼きうどんをアレンジする形で生まれたメニューで、鶏肉や赤巻きかまぼこを入れたうどんに、レモン、粉チーズ、バターを合わせます。和風のうどんにチーズやバターを重ねる発想は、誕生した当時としてはかなり意外性のある組み合わせでした。味の土台になっているのは、創業当時から受け継いできたという、うるめと昆布を使っただしです。だしの旨みにバターのコクと粉チーズの風味が重なり、最後にレモンの酸味が後味を整えるという、食堂の長い歴史から生まれた1杯です。
ご飯ものでは玉子かけかつ丼とソースかつ丼が店を代表するメニューとして知られています。福井らしいソースかつ丼と、卵で仕上げたかつ丼という異なる味を楽しめるほか、両方を組み合わせためおとかつ丼も紹介されています。かつ丼には、だしをきかせたにゅうめんやサラダ、漬物を組み合わせたメニューもあり、食堂らしいしっかりとした食事を楽しめます。また、観光情報ではオムライスも紹介されており、チキンライスを黄色い卵で包み、ケチャップを添えた昔ながらのスタイルです。麺類や丼だけでなく洋食も自然に並ぶところに、食堂と喫茶の両方を続けてきたいなだやらしさが感じられます。
夏には冷たい麺も楽しめ、中でも特製サラダ冷中は、冷やし中華にレタスやきゅうり、ゆで卵、オレンジなどを合わせた彩りのよい一品です。暑い季節にも食べやすい、さっぱりとした内容として紹介されています
。このほかラーメンやそば、うどんといった麺類もそろい、食後や休憩にはソフトクリームやパフェといった甘味も選べます。織田バスターミナルのすぐそばという立ち寄りやすさも魅力で、劔神社や越前陶芸村などを巡る旅の途中に、昔ながらの町の食堂文化に触れられる1軒です。
| 住所 | 福井県丹生郡越前町織田42-6 |
|---|---|
| 電話 | 0778-36-0031 |
こちらは『レスティ いなだや(越前町/定食)』のお店ページです。実名でのオススメが1件集まっています。Rettyで食が好きなグルメな人たちからお店を探そう!…
越前漁港で水揚げされる魚介を、漁師ならではの目利きで味わえる海鮮料理店です。海の幸 食処 えちぜんは、福井県越前町の越前漁港内に店を構え、底引き網漁師が営んでいます。店を支えるのは、漁師歴45年という経験と、子どもの頃から市場に通うなかで培われた魚を見る目。冬の越前がにはもちろん、春から秋にかけても底引き網や定置網で水揚げされる魚介を選び、季節ごとの海の味を料理にしています。大きな窓から港や日本海を眺められる店内も魅力で、漁港で食事をしていることを実感できる一軒です。
この店らしさがよく表れているのが、獲れた魚をできるだけ良い状態で食べてもらうことを大切にしている点です。自船で活かしたまま運んできた魚介も扱い、観光案内では上ガマエビ踊り食い、活ハタハタ黄金造り、活越前がれい漁師造りなどが人気料理として紹介されています。魚は漁や季節によって変わるため、その日のおすすめは店内の黒板を確認するのがおすすめです。決まった魚をいつでも揃えるのではなく、その日に出会った海の幸を楽しむスタイルは、漁師直営店ならではです。
冬の主役は、やはり活越前がにです。越前がには福井を代表する冬の味覚で、こちらでは茹で、焼き、刺身など、素材に合わせた食べ方で楽しめます。公式案内では例年11月7日頃から4月上旬頃までを活蟹料理の時期としており、来店時には予約がすすめられています。冬以外にも、夏の黒あわびをはじめ、活かれい、活イカ、鬼エビ、ノドグロ、甘鯛、サザエなど、その時季に出回る魚介が料理に登場します。季節が変われば食べられるものも変わるため、越前海岸を訪れるたびに違った味に出会えるのも楽しみです。
気軽に魚介を味わいたいときには海の幸丼も選択肢のひとつです。新鮮な魚介をご飯の上に盛り合わせた丼で、越前町の「浜の活丼」提供店としても案内されています。「浜の活丼」は、その日の旬の魚を生かす越前海岸ならではの取り組みとして2014年に始まったもの。魚の種類が固定されていないため、その日の海の様子まで丼に映し出されるような面白さがあります。刺身をじっくり楽しむならお造り盛り合わせ、温かい料理を組み合わせたいなら、海老や魚、野菜を盛り込んだ天ぷら定食も用意されています。
越前海岸は越前がにの印象が強い土地ですが、海の幸 食処 えちぜんではカニの季節以外にも、その時々の日本海の魚を味わえることが大きな魅力です。港を眺めながら、その日に揚がった魚や旬の魚介を選ぶという、漁港の食事処らしい楽しみ方ができます。漁によって入荷内容が変わる料理も多いため、目当ての魚介がある場合は事前に確認しておくと安心です。また、カニのシーズンや大型連休には通常とメニュー内容が変わる場合があります。越前海岸をドライブしながら、季節ごとの海の恵みをじっくり味わいたいときに立ち寄りたい店です。
| 住所 | 福井県丹生郡越前町小樟3-81 |
|---|---|
| 電話 | 0778-37-1020 |

越前がに・海鮮 漁師直営|海の幸 食処 えちぜん【福井県越前町・越前漁港前】
越前漁港すぐ、底引き網漁師直営の「海の幸 食処 えちぜん」。水揚げ日本一の活越前がに料理と新鮮な海鮮料理を、漁師歴45年の目利きで。福井県越前町でのご予約はこちら。…
越前港漁師直営 海の幸 食処 えちぜん – Retty(レッティ)
[海鮮料理好き人気店☆☆☆] こちらは『越前港漁師直営 海の幸 食処 えちぜん(越前町/魚介・海鮮料理)』のお店ページです。実名でのオススメが30件集まっています。Rettyで食が好きなグルメな人たち……
越前海岸の海の幸と、古民家で過ごす静かな時間を一緒に楽しめる料理旅館です。越前町厨の海沿いで営む料理宿やまざきは、大正元年に創業し、現在は5代目へと受け継がれています。かつては鉄筋コンクリート造の宿でしたが、先代が思い描いた「木のぬくもりを感じられる宿」を形にするため、2007年に加賀近郊の築100年以上の古民家を移築して再生しました。太い柱や梁を生かした建物には長い年月を重ねた木造家屋ならではの落ち着きがあり、庭の松や百日紅、浴槽に使われている大きな石まで古民家とともに移されています。こうした再生の取り組みは評価され、2010年度にはグッドデザイン賞を受賞しました。
宿の大きな魅力は、建物だけでなく「料理宿」の名にふさわしい魚介の仕入れにあります。主人は越前町で行われる競りに参加できる権利を持ち、仲買や魚屋を介さず、自ら魚を見極めて仕入れています。定置網漁や底引網漁、イカ釣り漁などが盛んな越前の土地柄を生かし、春から秋には、その日に水揚げされた魚を中心に旬のお刺身、焼き物、揚げ物など8~10品ほどで夕食を組み立てています。朝には地元の魚を使った漁師さんの朝ごはんを宿らしく仕立て、4月~5月と9月~10月にはあんこう鍋も登場します。季節や漁の状況によって魚が変わるため、「その日に越前の海から届いたものを食べる」という楽しみがある宿です。
冬になると、料理の主役は越前がにへと替わります。宿で扱うのは黄色いブランドタグが付いた越前がにで、主人が競りで仕入れたものを食事の時間に合わせて特製の窯で茹で上げるのが大きな特徴です。茹でたて越前がにだけでなく、香ばしい焼きがに、身の繊維が花のように開くかに刺し、出汁にくぐらせるかにしゃぶなど、温度や調理法を変えながら味わえます。さらに朝食ではかに鍋からかに雑炊へと続き、越前の冬を食事全体で楽しめる内容になっています。越前和紙で包んで旨みや香りを閉じ込める越前がにの和紙奉書焼も、料理宿らしいひと品として紹介されています。
古民家の空間にも少しずつ手が加えられています。2024年には大広間を食事処利休 Rikyuとして整えました。天井を渡る力強い丸太梁を残し、栗材の大きなテーブルと北欧のアンティークチェアを合わせた空間です。この広間は移築前には囲炉裏を囲んで人々が食事をしていた場所で、その役割を現代の食事処へつないでいるところも印象的です。同年には81㎡の特別室くちなし Kuchinashiも新しく整えられ、古民家らしい木組みを残しながら、現代の旅に合った過ごしやすさが加えられました。
客室は全5室という小さな宿で、そのうち4室から海を望めます。館内では越前厨温泉の湯も楽しめ、障子を思わせる窓の向こうに日本海を眺められる浴場も設けられています。なお、小学生以下は宿泊できないため、家族旅行で訪れる際には注意が必要です。また、公共交通機関を利用する場合は路線バスの運行本数が少ないため、事前に時刻を確認しておくと安心です。古い家を単に宿泊施設として残すのではなく、越前の魚を味わう場所として新しい時間を重ねている料理宿やまざき。越前がにを目当てにした冬の旅はもちろん、その日に揚がった魚との出会いを楽しむ春から秋にも、この宿ならではの魅力があります。
| 住所 | 福井県丹生郡越前町厨16-53-1 |
|---|---|
| 電話 | 0778-37-1016 |
www.yamazaki-r.co.jp…

料理宿やまざき 加賀から古民家を越前海岸へ移築・再生した、全6室の料理宿
目の前に日本海が広がる、南越前町糠の料理旅館です。水仙は、越前海岸の海の幸を中心とした料理を味わいながら、海辺でゆっくり過ごせる宿として親しまれています。南越前町河野観光協会では食事と宿泊の施設として案内され、福井県の観光情報でも新鮮な魚介と、海へ沈んでいく夕日の眺めが魅力として紹介されています。
宿がある糠地区は、山が海の近くまで迫る越前海岸らしい風景が続く土地です。なかでも「越前海岸の水仙畑 糠の文化的景観」は、急斜面を利用して水仙を育ててきた人々の暮らしと土地利用が評価され、2021年に国の重要文化的景観に選定されました。水仙畑の範囲は522.4ヘクタールに及び、冬には日本海を背景に白い越前水仙が咲きます。宿の名前からも、この土地と水仙との深いつながりが感じられます。
水仙の大きな楽しみは、やはり季節ごとの魚介料理です。福井県の観光情報では地魚とカニを扱う料理旅館として登録されており、冬には越前ガニ料理を楽しめる宿として案内されています。海のすぐそばという環境も魅力で、客室や館内から眺める日本海は季節や時間によって表情を変え、特に水平線へ沈む夕日はこの宿ならではの景色です。魚介を味わうだけでなく、越前海岸の風景まで一緒に楽しめるのが水仙らしさです。
春から秋にかけて注目したいのが、南越前町の新しいご当地料理越前 鯛まぶしです。南越前町が合併20周年を記念して2025年3月から展開している料理で、料理家の栗原心平さんが考案したレシピをもとに、町内の飲食店や宿がそれぞれ工夫を加えています。水仙旅館も取扱店のひとつで、4月から10月限定のアレンジメニューとして参加しています。冬のカニだけではなく、暖かな季節にも南越前町らしい魚料理を楽しめる点は、この宿を訪れる楽しみを広げています。
料理の中心となる地魚料理は、その時季の海の恵みを楽しむものです。具体的な魚種や献立は公開情報では固定されていないため、訪れる季節によって内容が変わる料理として考えるのがよいでしょう。冬には越前ガニ料理、春から秋には越前 鯛まぶしなど、季節に合わせて越前海岸の味覚に触れられます。
| 住所 | 福井県南条郡南越前町糠230-37 |
|---|---|
| 電話 | 0778-48-2712 |
福井県南条郡、かにの宿 水仙は美味しい魚介・手作り野菜のお料理でおもてなし。食材の宝庫日本海でとれた新鮮な食材はまさに本物の味。中でも冬の味覚の王様越前がにを中心としたお料理は絶品です。関西圏で主に親……
敦賀の町を見守り続けてきた氣比神宮は、古くから「北陸道総鎮守」と仰がれてきた敦賀を代表する神社です。主祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと)で、仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、応神天皇、玉姫命、武内宿禰命を合わせた7柱をお祀りしています。社伝では伊奢沙別命への信仰は2000年以上前までさかのぼり、702年に文武天皇の勅命によって社殿が整えられ、現在につながる形になったと伝わります。平安時代の『延喜式神名帳』にも名が見え、中世には越前国一宮として厚い信仰を集めました。敦賀は古くから日本海側の交通や海上交流を支えた港町であり、氣比神宮も航海安全や漁業、暮らしを守る神として、この土地の歴史と深く結びついてきました。
神宮の顔ともいえるのが、参道の入口に立つ朱塗りの大鳥居です。現在の鳥居は1645年に再建されたと伝わり、高さは約11m。木造の両部鳥居で、国の重要文化財に指定されています。奈良の春日大社、広島の厳島神社と並ぶ「日本三大木造大鳥居」のひとつとして紹介されることも多く、敦賀の町を象徴する景観になっています。戦災によって社殿の多くが失われた1945年の敦賀空襲でも大鳥居は焼失を免れました。現在の社殿は戦後に再建されたものですが、この大鳥居は江戸時代から続く姿を今に伝える貴重な建造物です。
境内では氣比の長命水にも立ち寄ってみたいところです。702年に神宮の造営が行われた際、地下から水が湧き出したという伝承が残り、「長命水」の名で親しまれています。広い境内にはこのほかにも、古い信仰の姿を伝える「土公」などがあり、大鳥居だけを見て通り過ぎるより、参道から社殿へゆっくり歩くことで神宮の長い歴史を感じやすくなります。
氣比神宮は松尾芭蕉とのゆかりも深い場所です。1689年、『おくのほそ道』の旅で敦賀を訪れた芭蕉は神宮へ夜参りし、その様子を作品に残しました。境内には芭蕉像や句碑が設けられ、月夜の氣比神宮をしのぶことができます。こうした歴史から、境内のほぼ全域は2016年に国の名勝「おくのほそ道の風景地 けいの明神」に指定されました。神社としての由緒だけでなく、江戸時代の旅と文学の舞台としても大切にされている場所です。
また、毎年9月には氣比神宮を中心に敦賀まつりが行われ、普段の落ち着いた境内とは異なるにぎわいを見せます。敦賀の歴史をたどる旅なら、神宮から港方面へ足を延ばすのもおすすめです。かつて気比の松原は神宮の神苑で、海外から訪れた渤海使を迎える松原客館が設けられた歴史もあり、神宮、港、松原がそれぞれ別の名所ではなく、古くからつながっていたことがわかります。
参拝できる時間は季節によって異なり、福井県の観光公式情報では4月から9月が5:00〜17:00、10月から3月が6:00〜17:00と案内されています。祭礼や行事によって境内の状況が変わることもあるため、時間に余裕を持って訪れると安心です。敦賀駅からも比較的訪ねやすく、氣比神宮を起点に敦賀赤レンガ倉庫や金ヶ崎城跡、気比の松原へと巡れば、港町・敦賀の歴史をひとつの流れとして楽しめます。
| 住所 | 福井県敦賀市曙町11−68 |
|---|---|
| 電話 | 0770-22-0794 |

北陸道総鎮守 越前国一之宮 氣比神宮(福井県敦賀市)地元では「けいさん」と親しみをこめて呼ばれています。「おくのほそ道の風景地」に「けいの明神(氣比神宮境内)」が指定されました。厄除けや各種ご祈願、前……
福井県敦賀市の気比の松原は、敦賀湾のいちばん奥に広がる白砂青松の景勝地です。静岡県の三保の松原、佐賀県の虹の松原と並ぶ日本三大松原のひとつで、1928年6月28日には国の名勝に指定されました。海岸に沿って松林が続き、アカマツとクロマツが入り交じるのも大きな特徴です。松の緑、砂浜の白、敦賀湾の青が重なる景色は美しく、海水浴の季節だけでなく、松林を歩きながら敦賀の自然を感じられる場所として親しまれています。
気比の松原の歴史は古く、もともとは敦賀を代表する氣比神宮の神苑だったと伝わります。その後、戦国時代に織田信長によって没収され、江戸時代には小浜藩の藩有林となりました。現在の松原は国有林となっており、長い年月を経ながら敦賀を象徴する風景として受け継がれてきました。敦賀市では「まつ」を市の木に定めていて、その理由にも気比の松原の印象深い景観が挙げられています。
この松原には「一夜の松原」と呼ばれる不思議な伝説も残されています。聖武天皇の時代、異賊が敦賀へ攻め寄せた際、一夜にして浜辺に数千本もの松が現れ、その枝には無数のシラサギがとまったといいます。遠くから眺めると、白い鳥が風にはためく軍勢の旗のように見えたため、敵は大軍が待ち構えていると思い込み退却したという物語です。史実として確認された出来事ではなく伝承ですが、古くから気比の松原が神聖な土地として意識されてきたことを感じさせる話です。
松林の中には遊歩道が整えられ、散策やウォーキングにも向いています。観光協会では所要時間約15分から40分の散策コースを案内しているため、敦賀観光の途中に短時間だけ立ち寄ることもできます。松林の内側へ入ると、明るく開けた砂浜とは雰囲気が変わり、背の高い松の間を歩く静かな時間を楽しめます。海岸まで出れば視界が大きく開け、松林越しに敦賀湾を眺められるため、林と海の両方を歩いてみるのがおすすめです。
夏には気比の松原海水浴場が開設され、約1kmにわたる砂浜が海水浴客でにぎわいます。2026年の開設期間は7月18日から8月16日までと案内されており、この期間は通常とは駐車場の扱いも変わります。特に海水浴シーズンや花火大会の日は周辺が混みやすいため、静かに松原そのものを眺めたい場合は時期や時間帯をずらすと歩きやすくなります。また、松原は国の名勝でもある大切な景観です。散策の際は遊歩道などを利用し、松林を傷つけないように楽しみたい場所です。
JR敦賀駅からはコミュニティバスを利用でき、車の場合は北陸自動車道敦賀ICから約15分が目安です。氣比神宮や敦賀港周辺と組み合わせれば、敦賀が港町として歩んできた歴史と自然の両方をたどれます。日本三大松原という名前だけでなく、神苑だった時代から小浜藩の藩有林を経て今日まで守られてきた背景を知ってから歩くと、目の前に続く松の一本一本にも、この土地が重ねてきた長い時間を感じられる名所です。
| 住所 | 福井県敦賀市松島町33 |
|---|---|
| 電話 | 0770-21-8686 |

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