【#マツコの知らない世界】御守りの世界 おすすめリスト 2026/1/13放送

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マツコの知らない世界 2026/1/13放送

御守りの世界おすすめリスト

開運招福

下鴨神社

京都の街中にありながら、太古の森の息吹を感じさせてくれる下鴨神社は、正式には賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)という、とても古い歴史を持つお社です。賀茂川と高野川が合流する三角州に鎮座し、京都で最も古い神社のひとつとして、平安京遷都よりも前からこの地に祀られてきました。ご祭神は、世界を導く神様である賀茂建角身命(かもたけつぬみこと)様と、そのお嬢様で玉のように美しい玉依媛命(たまよりひめのみこと)様です。玉依媛命様は安産や育児、縁結び、そして美麗の神様として、特に女性からの篤い信仰を集めています。その歴史の深さから、1994年(平成6年)には「古都京都の文化財」の一つとして世界文化遺産に登録されました。下鴨神社は、京都の歴史と自然が息づく特別な場所なのです。

この神社の最大の魅力は、社殿を取り囲む広大な原生林糺の森(ただすのもり)です。約12万平方メートルという広さを持つこの森は、数千年前の植生をそのまま残していると言われており、国の史跡にも指定されています。糺の森の参道を歩いていると、ケヤキやエノキなど樹齢200年から600年にもなる木々が生い茂り、木漏れ日が差し込む清々しい空間に心が洗われるようです。かつては神々の審判の場であったとも伝えられるこの森は、『源氏物語』や『枕草子』にも登場するほど古くから人々に親しまれてきました。また、境内には国宝の東西両本殿をはじめ、鮮やかな朱塗りの楼門や、神事が行われる舞殿など、重要文化財に指定された多くの社殿が並んでおり、長い歴史の中で21年ごとに社殿を修繕する式年遷宮が約1000年も続けられています。

下鴨神社には、女性に嬉しい見どころがたくさんあります。楼門のすぐ近くにある摂社河合神社(かわいじんじゃ)は、ご祭神の玉依媛命様が美麗の神様であることから、美しくなりたいという願いを叶える「鏡絵馬」が人気を集めています。手鏡の形をした絵馬に、自分の化粧品を使って理想の顔を描き、裏に願い事を書いて奉納するというユニークなものです。また、楼門のそばに鎮座する末社相生社(あいおいしゃ)には、途中で二本の幹が結びついた不思議な御神木「連理の賢木(れんりのさかき)」があり、縁結びのパワースポットとして有名です。

さらに、境内の末社井上社(いずもいのへのじんじゃ)、通称御手洗社(みたらししゃ)は、今では誰もが知る和菓子、御手洗団子(みたらしだんご)発祥の地とされています。このお社の前にある御手洗池の底から湧き出る水泡の形を象って作られたのが、御手洗団子の由来だそうです。毎年7月の土用の丑の日の前後には、無病息災を願う「御手洗祭」が開催され、多くの人が清らかな水にひざ下まで浸かる「足つけ神事」に参加します。また、下鴨神社は毎年5月に行われる京都三大祭りの一つ「葵祭」の舞台でもあり、王朝絵巻のような優雅な行列が境内を練り歩きます。このように、訪れる季節によって異なる趣を見せてくれる下鴨神社は、心身ともにリフレッシュできる、特別な場所となっています。

  • レース御守 2,000円
住所 京都府京都市左京区下鴨泉川町59
電話 075-781-0010

ホームページ

公式サイト

京都・世界遺産 下鴨神社(賀茂御祖神社)

千年の杜「糺の森」に包まれた、京都最古の神社。心を整える参拝を。所在地: 〒606-0807 京都府京都市左京区下鴨泉川町59 |下鴨神社祭神
東殿 – 玉依姫命(たまよりひめのみこと)。賀茂別雷命……

行く前に!見どころ&口コミをチェック

強運・厄除

小網神社

都心の真ん中、日本橋のオフィス街にありながら、強いご利益を持つ「強運厄除の神さま」として知られ、多くの人から篤く信仰されているのが小網神社です。
地元に長年愛される、都内でも屈指のパワースポットとして有名な神社です。
創建は室町時代の文正元年、1466年と伝えられています。当時この一帯に疫病が流行していたとき、一人の網師の翁が持ってきた稲穂を神様として祀るよう夢でお告げがあり、その通りに祀ったところ悪疫が鎮まったことがはじまりとされています。このことから、「小網稲荷大明神」として崇められるようになりました。現在お祀りされているのは、食物や稲の神様である倉稲魂神、弁財天としても知られる市杵島比賣神、そして福禄寿の三柱です。社殿と神楽殿は、関東大震災後の1929年、昭和4年に竣工しました。これは大正期に明治神宮造営に携わった宮大工、内藤駒三郎氏の一門が建てたもので、日本橋地区では戦前から残る唯一の木造神社建築として、中央区の有形文化財にも登録されている貴重な建物です。

小網神社が「強運厄除の神さま」として特に知られるようになったのは、さまざまな奇跡のような逸話が残されているからです。まず、1945年、昭和20年の東京大空襲では、周辺一帯が甚大な被害を受け焼け野原になった中で、奇跡的に社殿を含む境内は戦火を逃れたと言われています。また、第二次世界大戦に出征することになった氏子の兵士全員に、小網神社のお守りが授与されたところ、激戦の中を誰も欠けることなく全員無事に生還したという出来事があり、このことから強い強運厄除のご神徳があるとして、その名が広く知れ渡るようになりました。参拝の際は、ぜひ社殿の正面を見てみてください。向拝の左右には、昇り龍降り龍の精巧な彫刻が施されています。この二体の龍は「強運厄除」のご利益のシンボルとして崇められており、昇り龍は人々の祈りや願いを神様に伝え、降り龍は神様からの徳を参拝者に授けると伝えられています。これらの龍の彫刻は、参拝者の運気を高め、困難を乗り越える力を与えてくれると信じられています。

二之宮として祀られている市杵島比賣神は、萬福舟乗弁財天とも呼ばれ、財運や金運のご利益があるとされています。この弁財天の御像のそばには「銭洗いの井」という井戸があり、ここで金銭を清めてお財布などに収めておくと、財運を授かると言われることから「東京銭洗い弁天」として、特に金運アップを願う人々に人気のスポットとなっています。この銭洗いの井で清めたお金は、種銭として大切に持ち歩くのが良いとされています。また、境内には、七福神の一柱である福禄寿の像もあります。福禄寿は、人徳、福徳、財徳の「三徳」のご利益があり、健康長寿の神様としても信仰されていますので、像をそっと撫でて健康と長寿をお祈りするのもおすすめです。この二神は、かつて神社の隣にあったお寺に安置されていたものが、神仏分離の後に小網神社に遷座されたという歴史があります。

小網神社ならではの授与品として、繭の形をしたまゆ玉みくじがあります。おみくじを引いた後、中の繭を持ち帰ると金運のお守りになると言われ、可愛らしい見た目もあって参拝者に人気を集めています。また、みみずくをモチーフにしたお守りも有名で、すすきのみみずく守と呼ばれるお守りが季節限定で授与されることがあります。みみずくは「福を呼ぶ鳥」「知恵の鳥」として古くから信仰されており、ご利益への期待も高まります。さらに、毎年11月28日には、神前にお供えしたどぶろくが参拝者に振る舞われる「どぶろく祭」という珍しいお祭りが行われ、下町の名物として多くの参拝者で賑わいます。都心の狭い境内にあるため、参拝者が多く並ぶ際は、近隣のオフィスや住宅街への配慮を忘れずに、静かに順番を待つように心がけてください。早朝の時間帯が比較的落ち着いて参拝できることが多いようです。

  • 強運厄除麻守 初穗料 1,000円
  • すすきみみずく 初穗料 3,000円
住所 東京都中央区日本橋小網町16−23
電話 03-3668-1080

ホームページ


小網神社オフィシャルサイト | 強運厄除・東京銭洗い弁天

東京都中央区日本橋小網町に鎮座する小網神社のオフィシャルサイトです。強運厄除の神・東京銭洗い弁天の杜として知られています。東京下町八福神参りや日本橋七福神詣などの参拝コースにもなっております。…

多彩なお守りに出会える

天祖神社(大塚)

東京都豊島区大塚エリアに鎮座する大塚天祖神社は、JR大塚駅から歩いてすぐの場所にあり、都会の喧騒を忘れさせてくれる静かで落ち着いたたたずまいを見せています。地元の方々から「お天祖さま」として親しまれているこの神社は、鎌倉時代の末にあたる元亨年間(1321年〜1324年)に創建されたと言われる、大変由緒ある神社です。かつてこの地を治めていた領主の豊島氏が、伊勢の皇大神宮、つまり伊勢神宮の内宮の神様である天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお迎えして祀ったことが始まりと伝えられています。江戸時代に入る前は「神明社」や「神明宮」と呼ばれていましたが、この神社がかつての広大な巣鴨村の総鎮守として、地域の安寧を見守ってきた長い歴史を持っています。

特に目を引くのは、境内にそびえ立つ御神木の夫婦銀杏です。推定樹齢はおよそ600年にもなるという、悠久の時を生き抜いてきた雄木と雌木の2本のイチョウの木が、寄り添うように立つ姿は圧巻の一言です。この夫婦銀杏は、その名の通り、夫婦円満や良縁、縁結びのシンボルとして古くから信仰を集めてきました。実は、昭和20年(1945年)の東京大空襲により、社殿は焼失し、この御神木も被災して一時は枯れかけたことがあったそうです。しかし、手厚い保全の努力が実り、今では再び立派な枝葉を広げ、困難を乗り越えて結ばれる強い絆を象徴しているかのように、参拝する人々の心に安らぎを与えています。

境内には、ご利益に満ちた珍しい見どころも点在しています。参拝者の間で話題になるのが、子育て狛犬です。こちらの狛犬は、お母さん狛犬が子どもに授乳しているかのように見える珍しい姿をしており、幕末の嘉永5年(1852年)に奉納されました。この愛らしい母子の像は、安産や子育ての神様として篤い信仰を集めており、多くの方が子どもの健やかな成長を願って訪れます。

さらに、江戸時代には鬼子母神信仰の高まりから、仏法の守護神である十羅刹女も祀られ「十羅刹社」とも称され、広く崇敬を集めたという歴史も持っています。現在は神仏分離により、純粋な伊勢信仰の神社として復しましたが、こうした背景も**大塚天祖神社**の歴史の深さを物語っています。また、都心にいながら富士登山の気分を味わえる末社、巣鴨富士神社(富士塚)も境内の見どころの一つです。かつては本殿の裏側にひっそりと鎮座していましたが、近年行われた御鎮座700年記念事業での改修により、新しく生まれ変わった姿を見ることができます。そのほかにも、学問の神様を祀る菅原社や、水運・芸能の神様である宗像三女神を祀る厳島社など、さまざまなご利益を持つ末社が祀られており、じっくりと境内を巡るのも楽しい時間です。駅のすぐそばを走る都電荒川線との縁も深く、「都電神社めぐり」の一社にも名を連ねており、都電に乗って神社を巡る旅の目的地としても人気を集めています。都会の喧騒の近くにありながら、長い歴史と緑豊かな御神木、そして心温まる子育て狛犬に迎えられる**大塚天祖神社**は、訪れる人々に静かな癒しと力を与えてくれる、地域の心のよりどころです。

  • 平癒御守 初穗料 1000円
  • 勝守 1000円
  • 技芸上達守 1000円
  • 金運御句 1000円
住所 東京都豊島区南大塚3丁目49−1
電話 03-3983-2322

袋と内符を選べる

代々木八幡宮

東京都渋谷区にありながら、豊かな緑に抱かれた静かな鎮守の杜が魅力的なのが代々木八幡宮です。地元の方々はもちろん、都心に暮らす人々にとって、ほっと心安らぐ場所として長く親しまれています。この神社の始まりは、鎌倉時代の建暦2年(1212年)にさかのぼります。800年以上の大変長い歴史を持つ、とても由緒ある神社です。創建のきっかけは、鎌倉幕府の二代将軍である源頼家の側近の家来、荒井外記智明(ともあきら)という武士が、頼家公が亡くなった後、この代々木野で主君の供養に明け暮れていた時の出来事でした。ある夜、智明の夢に八幡大神が現れ、お告げとともに宝珠のような鏡を授かったそうです。そこで智明は、鶴岡八幡宮から八幡大神の分霊をお迎えし、小さな祠を建てたのが代々木八幡宮の始まりと伝えられています。御祭神は、武運の神として古くから崇敬されてきた応神天皇(八幡さま)です。厄除けや開運、勝利にご利益があるとして、昔から武士をはじめ多くの人々の信仰を集めてきました。

この神社の最大の特徴は、都心にありながら、境内に古代の歴史が息づいていることです。昭和25年(1950年)の発掘調査で、なんと約4500年前の縄文時代中期の住居跡が発見されました。当時の土器や石器とともに柱穴なども見つかり、この場所が太古の昔から人々の集落の中心だったことがわかっています。現在、境内の一角には、発掘された跡の上に竪穴式住居が復元され、「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されています。数千年の時を超えて人々が暮らしてきたこの土地は、特別な力が宿るパワースポットとしても、近年ますます注目を集めています。

ご祭神の応神天皇は、母である神功皇后がお腹に宿した状態で戦に勝ち、無事に出産したという神話から、安産や子育て、家庭の安全といったご利益も深く信じられています。また、境内には末社として出世稲荷社があり、こちらも大変有名です。出世や商売繁盛、仕事運アップにご利益があるとされ、特にビジネスに携わる方や、成功を願う多くの人々が参拝に訪れます。出世稲荷社を目的に遠方から足を運ぶ人も多く、ひそかに「運気を上げる神社」として知られています。

境内をめぐると、歴史の深さを感じる見どころがたくさんあります。出世稲荷社の隣には、富士塚と呼ばれる小さな山があります。これは、江戸時代に盛んだった富士山信仰をかたちにしたもので、この富士塚に登ることで、実際に富士山に登ったのと同じご利益が得られると伝えられています。また、参道に残る「訣別の碑」も見逃せません。これは明治時代、代々木公園のあたりに陸軍の練兵場が造られた際、この地を去ることになった住民たちが、故郷への別れを惜しんで奉納した灯篭の竿石が残されたものです。静かな境内に、人々の強い思いが刻み込まれているのを感じられます。さらに、社殿の近くには渋谷区指定有形民俗文化財の絵馬「代々木八幡縁起絵」や「神功皇后之図」が収蔵されており、神社の歴史や神話的な背景を伝えてくれます。

住所 東京都渋谷区代々木5丁目1−1
電話 03-3466-2012

ホームページ

代々木八幡宮

www.yoyogihachimangu.or.jp…

心願成就

福井県 護国神社

福井県の県都福井市の市街地にありながら、静かに神様が鎮まります福井県護国神社は、国のために尊い命を捧げられた郷土ゆかりの方々の御霊をお祀りする場所です。
神社の始まりは明治元年(1868年)、明治天皇の思し召しを受け、国難に殉じた人々の忠魂を永久に慰め、安らかに鎮めるために招魂社として祀ったことに遡ります。その後、昭和14年(1939年)の護国神社制度の成立を受けて、官民が協力し、昭和16年(1941年)3月に現在の社殿が竣工し、内務大臣から正式に福井県護国神社として指定されました。主祭神として、幕末の俊才として名高い橋本左内先生(景岳)の御霊もお祀りされています。御祭神は明治維新前後から第二次世界大戦に至るまでの福井県関係の英霊、約3万2千柱に及びます。創建からわずか数年後の昭和23年(1948年)に福井大震災で全ての建物が倒壊流失するという大きな被害を受けましたが、県内各市町村や団体の浄財、そして人々の勤労奉仕の尽力によって、昭和26年(1951年)には御本殿、その後次々と社殿が再建され、現在の荘厳な佇まいを取り戻しています。その後、昭和37年(1962年)には、当時の天皇皇后両陛下が御親拝されるなど、皇室からの崇敬も篤い神社として知られています。

この福井県護国神社ならではの特徴は、やはり学問の神様としても深く信仰を集めていることです。主祭神の一人である橋本左内先生は、幕末においてわずか25歳で亡くなるまで、藩政改革や人材育成に尽力した秀才で、地元の人々からは敬愛を込めて「左内先生」と呼ばれています。先生が座右の銘として大切にされていた「大丈夫(ますらを)」の言葉にちなんだ大丈夫守は、試験や仕事など、「ここ一番」という大事な局面で揺るぎない信念を貫きたいと願う方々から特に人気を集めています。特に、ドラマや映画のモデルにもなった福井商業高校チアリーダー部「JETS」のメンバーが愛用していたことでも話題となりました。また、お守りに納められている護符には、人間国宝の岩野市兵衛氏による手漉き和紙、越前和紙が使われています。この和紙は強靭で破れにくいことから、「より大きな御神徳にあやかれる」と伝えられています。

境内には、橋本左内先生の功績や人柄を今に伝える見どころが多数あります。先生の座右の銘「大丈夫」の原点ともいわれる言葉が刻まれた「急流中底之柱」や、先生の身長にちなみ背比べができる「背のび石」が立ち、訪れる人々に橋本左内先生の志の高さを静かに語りかけています。また、厄除けや合格必勝祈願の神社としても信仰を集めており、特に11月頃から3月の受験シーズンには、大丈夫守を求める多くの受験生が参拝に訪れ、絵馬には様々な願いが託されています。境内にあります遺品館の秀芳館では、御祭神の関係の遺品や記念品が約2,000点も収蔵されており、英霊の足跡をたどることができますが、見学は予約が必要ですのでお気をつけください。また、参拝者が目を引くのは、県内でも最大級の大きさを誇る迫力ある狛犬です。

年間を通して様々な祭事が執り行われる中でも、夏の夜を彩る「万灯みたま祭」は特に有名です。この祭礼は、昭和25年(1950年)に灯籠祭、盆祭として始まったものが拡大され、毎年8月のお盆の時期に行われます。夜の境内に約5,000個もの行燈や提灯が掲げられ、幻想的な光の中で御祭神の御霊を慰める神事が厳粛に執り行われます。また、春の例祭に併せて4月29日には、赤ちゃんの健やかな成長を願う「ふくい泣き相撲」という珍しい行事も行われ、多くのご家族連れで賑わいます。このように、福井県護国神社は、過去の歴史を伝える場であるとともに、未来への志と平和を願う人々の想いが集まる大切な場所となっています。

  • 大丈夫守 1000円
住所 福井県福井市大宮2丁目13−8
電話 0776-22-5872

ホームページ

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【福井県護国神社】アクセス・営業時間・料金情報 – じゃらんnet

福井県護国神社の観光情報 交通アクセス:(1)JR福井駅よりタクシーで7分。福井県護国神社周辺情報も充実しています。福井の観光情報ならじゃらんnet 明治維新前後より大東亜戦争に至るまでの国難において……

心身の美

川崎大師

川崎大師は、神奈川県川崎市にある、古くから「厄除けのお大師さま」として親しまれている真言宗智山派の大本山、金剛山 金乗院 平間寺のことです。関東では、千葉県の成田山新勝寺、東京都の髙尾山薬王院と並び、真言宗智山派の三大本山の一つとして知られています。その歴史は古く、平安時代の大治3年(1128年)にまで遡ります。

創建のきっかけになったのは、尾張(現在の愛知県)出身の武士、平間兼乗(ひらまかねのり)の不思議な体験です。無実の罪で故郷を追われた兼乗は、川崎の地で漁師としてひっそりと暮らしていました。彼が42歳の厄年にあたったとき、夢枕に高僧が現れて「海中にある我が像を網で引き揚げ、供養すれば、汝の災厄が転じて福徳となる」とのお告げがあったそうです。そのお告げ通りに海から引き揚げられたのが、御本尊の厄除弘法大師(やくよけこうぼうだいし)の尊像でした。兼乗はこの尊像を草庵に安置し、毎日朝夕欠かさず供養を捧げたところ、無事に厄年を乗り越えることができました。以来、ご加護の噂が広まり、同じく諸国を巡っていた高野山の尊賢上人と兼乗が力を合わせ、一寺を建立しました。それが、兼乗の姓に由来する平間寺(へいけんじ)です。

この由緒ある寺院では、毎日欠かすことなく「お護摩」の祈祷が修行されています。お護摩とは、仏の智慧の炎で私たちの心の中にある煩悩(苦しみの根源)を焼き尽くすという意味が込められた、真言宗の厳粛な儀式です。参拝者は、僧侶の案内で大本堂の護摩壇のすぐ近くまで進み、護摩木が焚かれる炎の前で、災厄消除や家内安全、商売繁昌、身上安全など、様々な願い事を祈願することができます。お護摩によって加持祈祷されたお札は、お大師さまのご分躰(ぶんたい)としてお授けされるため、大切にお祀りすると良いとされています。特にお正月三が日には、初詣の参拝者が全国でも有数の数に上り、大変な賑わいを見せることでも知られています。

境内には、色彩豊かな八角五重塔や、医薬の仏様である薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)が奉安された薬師殿、さらに弘法大師の健脚にあやかれる遍路大師像など、多くの見どころがあります。また、参拝の際には、お寺ならではの作法に心を配りましょう。まずはお水屋で手と口を清めてから、大本堂前の献香所で線香の煙を浴びて心身を浄めます。お寺は神社とは違い、手を合わせるときに柏手(かしわで)は打ちません。心静かに合掌して、御本尊の厄除弘法大師のご宝号「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」をお唱えしながらお参りするのが正しい作法です。境内には、知る人ぞ知る「美」にご利益があるとされるしょうづかの婆の石像もありますので、美しく健やかに過ごしたいという方は西解脱門(にしげだつもん)の近くを探してみてください。

  • しょうづかべっぴん守 500円
住所 神奈川県川崎市川崎区大師町

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川崎大師

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除災招福

明治神宮

東京都心に広がる深い森に包まれた明治神宮は、第122代天皇の明治天皇と皇后である昭憲皇太后をお祀りする神社です。大正9年(1920年)11月1日に創建され、今年で100年以上の歴史を刻んでいます。この広大な神宮の杜は、創建にあたって、全国の青年団をはじめとする人々のまごころによる勤労奉仕で造られた人工林で、約70万平方メートルもの広さを誇ります。

明治神宮の造営は、明治45年(1912年)に明治天皇が、大正3年(1914年)に昭憲皇太后が崩御された後、お二人の御神霊を永久に敬い慕いたいという国民の熱い願いが大きなきっかけとなりました。造営地となった代々木の地は、両御祭神にゆかりの深かった場所とされています。「永遠の森」を目指す壮大な計画のもと、着工から鎮座祭まで、のべ11万人もの人々が植林に汗を流し、全国や海外からも約10万本の献木が寄せられました。人工林としてスタートしたこの森は、専門家の指導のもと、東京の気候に適した樹種を中心に植栽され、わずか半世紀ほどで自然の力で世代交代できる、豊かな鎮守の杜へと成長したことは、世界的にも注目されています。

参道を進むと、神聖な空間を区切るように建つ鳥居の大きさに心を奪われますが、南参道と北参道の合流地点にある大鳥居は、木製でできた明神鳥居としては日本で一番の大きさを誇ります。柱は直径が1.2メートル、高さは12メートルもあり、台湾産の樹齢1500年を超える檜が使われている重厚な造りです。本殿へ向かう途中で目にする、多くの菰樽(こもだる)と奉献された洋酒樽が並ぶ光景も明治神宮ならではの特徴と言えるでしょう。これは、近代化を進められた明治天皇が西洋文化を積極的に採り入れられたこと、特に葡萄酒(ワイン)を好まれたことにちなんでいるそうです。

境内には、明治天皇昭憲皇太后のために整備されたという明治神宮御苑があり、都心にいながらにして四季折々の自然をゆったりと堪能できる憩いの場所となっています。特に、昭憲皇太后がお好みだったという花菖蒲が植えられた菖蒲田は、見頃を迎える6月上旬から中旬にかけて、およそ150種もの花菖蒲が咲き誇る美しい景色を楽しめます。また、御苑内には、戦国武将の加藤清正が掘ったと伝えられる清正井(きよまさのいど)があり、湧き出る水は一年を通じて水温が一定に保たれ、東京では珍しい名水として知られています。そのほかにも、御祭神ゆかりの品々や歴史資料を展示する明治神宮ミュージアムもあり、明治神宮の歴史と文化を深く知ることができます。参拝に訪れる際は、神聖な場所ですので、肌の露出を控えた服装がふさわしいとされています。また、明治神宮は日の出とともに開門し、日の入りに合わせて閉門するため、季節によって参拝できる時間が異なる点にもご注意ください。

  • 除災招福守 1500円
住所 東京都渋谷区代々木神園町1−1
電話 03-3379-5511

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【明治神宮】アクセス・営業時間・料金情報 – じゃらんnet

明治神宮の観光情報 明治神宮周辺情報も充実しています。東京の観光情報ならじゃらんnet…

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一休コンシェルジュ

開運旅行に!東京の有名神社・パワースポットを巡る旅 | 一休コンシェルジュ

多くの人々が運気アップを願い訪れるパワースポット。今回は、東京で特に有名なパワースポットに近い宿をご紹介します。自分の運気や気持ちを上げたいときに旅のスケジュー

幸運の「馬」守り

神田神社(神田明神)

東京都千代田区に位置します神田明神は、正式には神田神社という大変由緒ある神社です。地元の方からは親しみを込めて「明神さま」と呼ばれ、東京の中心地を守る総氏神さまとして古くから信仰を集めています。創建はなんと天平2年(730年)と伝えられており、今から1300年近く前の奈良時代に、現在の皇居・大手町付近の芝崎村に祀られたのが始まりです。その後、徳川家康公が江戸に幕府を開き、城下の発展に伴って元和2年(1616年)に江戸城の表鬼門を守る現在の場所へとお遷りになりました。この場所は、神田・日本橋・秋葉原・大手丸の内といった広大な108町会の氏神さまとなり、「江戸総鎮守」として、武家から庶民に至るまで篤い崇敬を受けるようになりました。

神田明神の最大の特徴は、三柱の柱の神様をお祀りしていることです。一之宮は、縁結びや夫婦和合、国土経営の神様である大己貴命(おおなむちのみこと、だいこく様)。二之宮は、商売繁昌や医薬健康、開運招福の神様である少彦名命(すくなひこなのみこと、えびす様)。そして三之宮は、除災厄除、勝負運の神様として知られる平将門命(たいらのまさかどのみこと、まさかど様)です。特に平将門命は、困難な状況の中でも民衆のために立ち上がった武士の先駆けとして、力強く勝運を授けてくださる神様として信仰されています。この三柱の神様の御神徳が揃うことで、縁結びから商売繁盛、厄除けや勝負事まで、人生全般の開運招福にご利益があるとされています。

この神社を語る上で欠かせないエピソードとして、徳川家康公が関ヶ原の戦いに臨む際にここで戦勝祈願をし、見事に勝利を収めた日が偶然にも神田祭の日であったことから、神田祭が「縁起の良い祭」として将軍家から特に大切にされ、一層盛大になったという歴史があります。その由緒から、現代でもビジネスマンや起業家の方々の参拝が絶えません。また、秋葉原という立地も相まって、**IT守護**や**DX祈願祭**といった、デジタル時代ならではの新しい祈願も受け入れており、授与品の中には情報安全や仕事の成功を願う勝守などが大変人気を集めています。

境内の見どころもたくさんございます。まず目に飛び込むのが、朱色の壮麗な御社殿です。大正12年(1923年)の関東大震災で焼失した後、昭和9年(1934年)に、当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造り、総漆朱塗りの「権現造」で再建されました。この御社殿は、その堅牢さから東京大空襲の戦火にも耐え抜き、国の登録有形文化財にも指定されています。御社殿の前の**随神門**も総檜造りで、外側の四方に施された朱雀、白虎、青龍、玄武の四神の彫刻は見事なものです。また、江戸情緒を感じる石造りの「**銭形平次の碑**」や、愛らしい神馬の「**明**(あかりちゃん)」の姿も見られます。そして、2年に一度の5月に行われる神田祭は、江戸三大祭、日本三大祭の一つに数えられ、「天下祭」として江戸時代さながらの豪華な行列が街を練り歩く様子は、圧巻の一言です。伝統を守りながらも、新しい文化を柔軟に取り入れる姿勢が、神田明神の大きな魅力となっています。

  • 平将門命に除御守 1000円
住所 東京都千代田区外神田2丁目16−2
電話 03-3254-0753

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大野神社

滋賀県の山々に囲まれた栗東市荒張の地に、静かに鎮まる歴史深い神社が大野神社です。地元では古くから「こんぜの里の総社」として人々の信仰を集めてきました。ご祭神は学問の神様として知られる菅原道真公で、もともとはこの地の水源を守る水の神様、天之水分神が祀られていました。社の縁起は古く、文献から元慶6年(882年)以前には既に存在していたことがうかがえ、社伝には天徳3年(959年)に分霊が勧請されたという記録が残されています。かつては「於野宮天満宮」などと呼ばれていましたが、明治時代に現在の大野神社という名前に改められました。また、この神社は近江の守護だった佐々木氏や室町幕府の将軍である足利義尚など、歴史上の権力者からも崇敬を受けていた格式高いお社です。

現代の大野神社が持つ最大の特徴は、多くの女性や若い人たちが参拝に訪れる「聖地」となっていることです。その理由は、国民的アイドルグループ「嵐」のメンバーである大野智さんと同じ名前を持つ神社だからです。境内には、コンサートチケットの当選や活動の成功を願う熱心なファンによるカラフルな絵馬が数多く奉納され、その光景は訪れる人々の信仰の厚さを物語っています。さらに、神社の禰宜さんの名前が「大宮聰(さとし)」さんであることも、ファンにとっては特別な縁を感じさせるエピソードとして親しまれています。授与所では、メンバーカラーを取り入れた御朱印帳やだるま、季節の朱印紙など、ファンが喜ぶような授与品が用意されているのも、この神社ならではの温かいおもてなしです。

歴史的な見どころとしては、国の重要文化財に指定されている楼門があります。これは鎌倉時代初期に建てられたもので、滋賀県内に現存する楼門の中では最も古い建築物とされていて、長い歴史の重みを感じさせてくれます。また、神仏習合時代の名残を伝える観音堂には、平安時代に作られたといわれる木造十一面観音菩薩立像が大切に祀られており、栗東市の有形文化財にも指定されています。もう一つ、大野神社が鎮座する栗東市は競馬の街としても知られ、近くにあるJRA栗東トレーニングセンターの氏神様でもあるため、競馬関係者の崇敬も厚いのが特徴です。境内には、神の乗り物とされる神馬像と、天神様(菅原道真公)のお使いとされる神牛像が穏やかな姿で参拝者を見守っています。

年間を通じてさまざまなお祭りが行われますが、中でも盛大なのが5月5日の例大祭で、氏子地域を神輿が巡行します。また、夏には8月上旬に献灯祭が催され、境内が提灯の明かりで幻想的に照らされ、夜店やイベントで賑わいます。古来の信仰を受け継ぐものとしては、水源の神様を大切にする龍神祭が、5月の例大祭に先立って行われています。大野神社は、JR手原駅からタクシーを利用するか、名神高速道路栗東インターチェンジからも比較的近い場所にあるため、車でのアクセスもしやすいです。ただし、公共交通機関での訪問は本数が少ないため、事前にアクセス方法や神社の開所時間を確認してからお出かけください。歴史と現代の文化がやさしく重なり合う大野神社は、訪れる人それぞれの願いを受け止めてくれる、心安らぐ場所です。

  • 蹄鉄守 1600円
住所 滋賀県栗東市荒張896
電話 077-558-0408

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【大野神社】アクセス・営業時間・料金情報 – じゃらんnet

大野神社の観光情報 営業期間:その他:受付時間 09:00?17:00 夏 祈祷・授与所の受付時間です。 ※拝観自由 ※年末年始・祭事日を除く 受付時間 09:00?16:30 冬、交通アクセス:(1……

福島稲荷神社

福島市の中心市街地に鎮座する福島稲荷神社は、地元の方々から「おいなりさん」と親しみを込めて呼ばれる、福島旧城下町の総鎮守です。ご由緒は今から千年以上も前にさかのぼり、社伝によりますと、平安時代の永延元年(987年)に、有名な陰陽道博士である安倍晴明が奥羽へ下向した際、この地が将来有望な地相であるとして、衣食住を司る豊受比売大神(とようけひめのおおかみ)をこの里の総鎮守としてお祀りしたのが始まりと伝えられています。江戸時代には福島藩の鎮守として、代々の藩主からも厚い尊崇を集め、長くこの地を見守り続けてきた歴史があります。このため、商売繁盛や厄除け、家内安全など、多くのご利益を求めて、一年を通じて多くの参拝者が訪れます。

現在の重厚感のある立派な社殿は、昭和13年(1938年)に竣工したものです。この社殿は、明治神宮の宝物殿や神田神社の本殿などを設計した、著名な建築家の大江新太郎氏が設計を手がけました。また、表参道と西参道にそびえる2基の大きなヒノキの大鳥居は、大正9年(1920年)に明治神宮が創建された際に建てられた、由緒ある東・西外玉垣鳥居を、昭和41年(1966年)に特別に譲り受け、移築されたものです。街中にありながら、一歩足を踏み入れると静かで厳かな空気が漂い、悠久の歴史を感じさせてくれるパワースポットです。

お守りの授与品の中には、福島市の特産品である「桃」にちなんだ可愛らしいフォルムの桃守りがあります。古事記などの神話で魔除けの力があるとされ、子宝の象徴としても大切にされてきた桃にあやかり、女性に嬉しいご利益があるとされています。また、境内には「御神狐」と呼ばれる、親しみのある狐の木造が安置され、多くの方に愛されています。ご自身の新たな年の運勢を占う馬みくじ金馬みくじも、お正月の時期に人気を集めている授与品です。

当神社で最もにぎわうのが、秋に開催される例大祭(秋季例大祭)です。毎年10月に3日間にわたって行われるこのお祭りは、福島市の秋を彩る伝統的な祭事で、市内中心部に多くの露店が立ち並び、各町会の神輿による軽快なお囃子の音色が響き渡ります。このお祭りの最大の見どころは、夕闇の中、数多くの提灯に灯りをともしたおよそ20台もの山車が連なって巡行する「連山車」です。その光景はきらびやかで幻想的であり、多くの市民や観光客を魅了します。各種ご祈祷を受けたい場合は、混み合う時期もあるため、事前に電話で祈祷時刻を確認し、予約をすることをおすすめします。人生の節目となるお宮参りや七五三詣、厄除けなど、大切な時に訪れたい、地域に根付いた神様です。

  • 競馬朥守 800円
住所 福島県福島市宮町1−29
電話 024-522-2702

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【福島稲荷神社】アクセス・営業時間・料金情報 – じゃらんnet

福島稲荷神社の観光情報 交通アクセス:(1)JR福島駅(東北新幹線、東北本線、奥羽本線)から~バス利用。福島稲荷神社周辺情報も充実しています。福島の観光情報ならじゃらんnet 第66代一条天皇の永延元……

祐徳稲荷神社

佐賀県の南、鹿島市に鎮座する祐徳稲荷神社は、年間約300万人もの参拝者が訪れる、九州を代表する壮麗な神社です。京都の伏見稲荷大社、茨城の笠間稲荷神社と並んで「日本三大稲荷」の一つに数えられ、地元の方々からは親しみを込めて「祐徳さん」と呼ばれています。衣食住をはじめ、私たちの暮らし全般を守る神様として広く信仰を集め、特に商売繁盛や家運繁栄、大漁満足、交通安全などのご利益を願う参拝者があつい信頼を寄せています。

この神社の始まりは、江戸時代の貞享4年(1687年)までさかのぼります。鹿島藩初代藩主である鍋島直朝公の夫人、萬子媛(まんこひめ)が、京都からお嫁入りする際、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を分祀したことに由来します。萬子媛は自ら神事に奉仕し、信仰の中心的な役割を担いました。彼女の深い信仰心は人々の尊敬を集め、後に「祐徳院」と諡名されました。その歴史と、朱塗りの社殿が木々の緑に映える豪華絢爛な姿から、「鎮西日光」という別名でも知られています。

境内でひときわ目を引くのは、断崖にせり出すように建てられた「懸造(かけづくり)」の御本殿です。総漆塗りの鮮やかな朱色と極彩色の装飾が施されたその姿は、周囲の山々と見事な調和を見せています。本殿へは階段を登りますが、その足元にある楼門は、日光東照宮の陽明門を模したと言われ、細かい彫刻や美しい色彩は思わず足を止めて見入ってしまうほどの美しさです。また、御本殿の下にある岩崎社は、縁結びの神様として知られ、恋愛だけでなく、仕事や商売などの良縁も結んでくださると人気があり、特に若い女性の参拝者が多く訪れます。

参拝の際には、まず鳥居をくぐり、手水舎で身を清めます。その後に進む御本殿の奥には、山頂の奥の院へと続く参道があり、願いがより強く叶うと言われる場所です。この道中には、美しい朱色の鳥居が連なる「千本鳥居」の景色が広がり、写真撮影のスポットとしても人気です。ただし、奥の院までは約300メートルと短いながらも、急な石段や山道が含まれているため、ぜひ歩きやすい靴で参拝してください。また、山頂からは有明海や鹿島市街が一望でき、その絶景は登った方へのご褒美と言えるでしょう。お守りの中でも「馬九(うまく)いく」という語呂合わせが込められた、九頭の馬が織り込まれた「うまくいく守」が有名で、様々な願いを叶える縁起の良いお守りとして求められています。神社に隣接する日本庭園では、四季折々の花が咲き誇り、春のツツジや秋の紅葉はもちろん、冬には寒牡丹も楽しめます。また、参拝の前後には、境内の参道に軒を連ねる門前商店街で、佐賀ならではのお土産や、お食事を楽しむのも、旅の大きな楽しみの一つです。

歴史と美しさ、そしてご利益にあふれた祐徳稲荷神社は、いつ訪れても心が洗われるような、特別な体験をさせてくれる場所です。

  • うまくいく守超特大 6000円
住所 佐賀県鹿島市古枝乙1855
電話 0954-62-2151

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【祐徳稲荷神社】アクセス・営業時間・料金情報 – じゃらんnet

祐徳稲荷神社の観光情報 交通アクセス:(1)肥前鹿島駅 バス 15分 「鹿島バスセンター」から「祐徳神社前」まで片道320円(H26年7月現在)。祐徳稲荷神社周辺情報も充実しています。佐賀の観光情報な……

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