【#新美の巨人たち】荻窪の住宅街の只中に建つ近衛文麿旧宅『荻外荘』2026/4/18放送

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荻外荘(旧近衞文麿邸)

東京都杉並区の荻窪にあります荻外荘は、かつて昭和の時代に内閣総理大臣を3度務めました近衞文麿が暮らした旧邸宅です。この建物は、日本の政治史上重要な会議が数多く行われた場所として、2016年(平成28年)に国の史跡に指定されています。杉並区が約10年をかけて復原整備を行い、2024年(令和6年)12月から「荻外荘公園」として一般公開が始まりました。

荻外荘の始まりは、1927年(昭和2年)に大正天皇の侍医を務められた入澤達吉の別邸「楓荻荘」として建てられたものでした。設計は、築地本願寺なども手掛けたことで知られる建築家の伊東忠太が担当しています。入澤は漢詩を嗜む教養人で、伊東忠太は義弟にあたる関係でした。彼らの進取の気風が反映された建物は、和洋折衷の平屋建てで、天井高が3メートル以上ある開放的な空間が特徴です。1937年(昭和12年)に近衞文麿が入澤からこの邸宅を譲り受け、元老の西園寺公望によって「荻外荘」と名付けられました。

荻外荘は、政治の重要な舞台となった場所としても知られています。1940年(昭和15年)7月19日には、第二次近衞内閣の基本方針が話し合われた「荻窪会談」が客間で行われ、日独伊三国同盟の締結につながるなど、その後の日本の命運を左右する出来事がここで決まっていきました。また、太平洋戦争が始まる直前の1941年(昭和16年)10月12日には、対米開戦の回避を模索する「荻外荘会談」も開かれています。近衞文麿は、戦犯容疑でGHQに出頭を命じられた1945年(昭和20年)12月16日の未明、この荻外荘の書斎で自決しました。その書斎は、自決当時のままに残されており、当時の歴史の重みを肌で感じることができます。

建物の中に入ると、接客ゾーンと家族の生活ゾーンに分かれた間取りに気づかされます。特に、中国風の意匠が凝らされた応接室は、設計者である伊東忠太のデザイン様式や、最初の所有者である入澤達吉の中国趣味が反映されています。床には伊東忠太がデザインしたといわれる龍の文様が施された敷瓦が敷き詰められ、天井には書画家の王一亭が描いた龍の絵が四方に配されるなど、見どころがたくさんあります。また、応接室に置かれた螺鈿細工のテーブルセットや、客間の双鳳文様や鶏頭文様の壁紙など、部屋ごとに異なる内装が訪れる方の目を楽しませてくれます。2024年12月に一般公開が始まり、2025年7月には、建築家・隈研吾氏が設計したカフェやショップ、展示室を備えた「荻外荘展示棟」もオープンし、より多くの方が歴史に触れられる場所として整備が進められています。

住所 東京都杉並区荻窪2丁目43−36
電話 03-6383-5711

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