【世界遺産 奈良/飛鳥・藤原の宮都】登録されたばかりの世界遺産 2026/8/23放送

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藤原宮跡

奈良盆地の南部、橿原市・桜井市・明日香村にまたがる飛鳥・藤原の宮都は、日本という国のかたちが整っていった6世紀末から8世紀初めまでの約100年間をたどれる世界文化遺産です。2026年7月26日、韓国・釜山で開かれた第48回世界遺産委員会で登録が決まり、日本では27件目の世界遺産となりました。英語名は「Ancient Capitals of Asuka and Fujiwara」です。飛鳥と藤原という2つの宮都を舞台に、中国大陸や朝鮮半島との交流を通して政治制度、仏教、建築、土木などの新しい文化や技術を取り入れ、日本独自の中央集権国家へと変わっていった歩みが、地下に残る遺構や古墳から読み取れることが大きな価値とされています。

飛鳥・藤原の宮都の特徴は、壮大な宮殿や寺院がそのまま残る世界遺産ではなく、宮殿・役所、寺院、古墳などの遺跡をめぐりながら、古代国家ができあがる過程を土地全体から感じられることです。飛鳥では、舒明天皇から持統天皇まで複数の天皇が宮を営んだ飛鳥宮跡を中心に政治の場が形づくられました。日本初の本格的な仏教寺院となった飛鳥寺をはじめ寺院が次々と造られ、墓の姿も巨大な前方後円墳を中心とする時代から、天皇を頂点とする新しい国家の仕組みに合わせて変化していきました。こうした飛鳥での積み重ねを経て、694年には持統天皇が藤原宮へ遷ります。

その到達点として見ておきたいのが藤原宮跡です。藤原京は694年から710年まで持統・文武・元明の3代の天皇が治めた都で、藤原宮には約1km四方の範囲に大極殿や朝堂院、天皇の住まいである内裏などが集められていました。政治と儀式、行政を計画的な都市空間へまとめた本格的な都で、その仕組みは後の平城京や平安京へ受け継がれていきます。現在は広々とした野原が中心ですが、朱塗りの列柱が一部再現され、季節によって菜の花やハナハス、コスモスなども楽しめます。建物が少ないからこそ、周囲の山々を眺めながら古代の都の広さを想像して歩くのも、この場所ならではの楽しみ方です。

世界遺産は1か所ではなく、全部で19の構成資産から成ります。
なかでも旅先として親しみやすいのが石舞台古墳キトラ古墳高松塚古墳です。宮殿や寺院だけでなく、墓の造りや壁画まで含めて見ることで、飛鳥時代の政治だけではなく、人々の死生観や東アジアとの文化交流まで見えてきます。一方、本薬師寺跡は天武天皇が皇后の病気平癒を願って680年に建立を始め、持統天皇がその遺志を継いだ寺院です。こうした一つひとつの遺跡をつなげていくと、飛鳥の宮から計画都市・藤原京へと変わっていく約100年間の物語が浮かび上がります。

19資産は広い範囲に点在しているため、すべてを短時間で回るより、飛鳥と藤原に分けて訪ねると見学しやすいです。飛鳥エリアではレンタサイクルも移動手段のひとつになりますが、遺跡間には距離があり、徒歩では時間がかかる区間もあります。公式のモデルコースでも飛鳥の主要遺跡から藤原宮跡まで公共交通を組み合わせる行程が紹介されています。夏は日差しを遮る場所が少ない遺跡もあるため、帽子や飲み物を用意しておくと安心です。また、キトラ古墳の壁画は常時すべてを見られるわけではなく、期間を区切った公開となるため、壁画鑑賞を目的にする場合は事前に公開日程を確認してから訪ねるのがおすすめです。2026年には白虎の公開や、朱雀・玄武・青龍の3面同時公開も組まれています。

  • 飛鳥宮跡
    7世紀を中心に歴代天皇の宮が繰り返し造られた遺跡です。飛鳥時代の政治の中心地で、宮殿や石敷広場などの跡が見つかっています。
  • 飛鳥京跡苑池
    飛鳥宮の北西側で見つかった、7世紀後半の大規模な庭園跡です。石を使った池や水路が造られ、当時の宮廷文化を伝えています。
  • 飛鳥水落遺跡
    中大兄皇子が660年に造ったとされる漏刻、水時計に関係する遺跡です。時刻を管理する仕組みが政治に取り入れられていたことを伝えます。
  • 酒船石遺跡
    丘陵上の酒船石や亀形石造物などからなる遺跡です。水を流す精巧な石造施設が見つかっており、宮廷の祭祀に使われた可能性が考えられています。
  • 飛鳥寺跡
    蘇我馬子によって建立された、日本最初の本格的な仏教寺院の跡です。飛鳥に仏教文化が根づいていくうえで重要な役割を担いました。
  • 橘寺跡
    聖徳太子誕生の地と伝わる橘寺を中心とした寺院跡です。創建時期には諸説がありますが、7世紀には伽藍が整えられていたと考えられています。
  • 山田寺跡
    蘇我倉山田石川麻呂が7世紀に造営を始めた寺院跡です。発掘調査では古代寺院の建築を知る貴重な建築部材も見つかっています。
  • 川原寺跡
    7世紀後半に建立された大寺院の跡です。飛鳥宮の近くに大規模な伽藍が築かれ、飛鳥を代表する寺院のひとつとして栄えました。
  • 檜隈寺跡
    渡来系氏族の東漢氏との関わりが深いとされる寺院跡です。飛鳥の文化や国家づくりに、渡来系の人々が大きく関わったことを伝えています。
  • 石舞台古墳
    巨大な石を組み上げた横穴式石室で知られる、7世紀初め頃の古墳です。被葬者は蘇我馬子だったとする説が有力で、飛鳥を代表する史跡として親しまれています。
  • 菖蒲池古墳
    7世紀中頃に造られたと考えられる古墳です。石室には家の形をした2基の石棺が納められ、古代の有力者の墓制を知る手がかりとなっています。
  • 牽牛子塚古墳
    7世紀後半から8世紀初め頃の八角形墳です。斉明天皇と娘の間人皇女の墓とする説が有力で、天皇陵の形が変化していく過程を伝えています。
  • 藤原宮跡
    694年から710年まで政治の中心となった藤原京の宮殿跡です。大極殿や朝堂院、内裏などが集まり、後の平城宮にもつながる本格的な宮城が築かれました。
  • 大官大寺跡
    藤原京の南東部に築かれた国家的な大寺院の跡です。天皇を中心とした国家による仏教寺院の整備を知るうえで重要な遺跡です。
  • 本薬師寺跡
    天武天皇が皇后の病気平癒を願い、680年に建立を始めた薬師寺の跡です。後に平城京へ移された現在の薬師寺につながる寺院として知られています。
  • 天武・持統天皇陵古墳
    天武天皇と持統天皇がともに葬られた古墳です。古代国家の形成を進め、藤原京へとつながる時代を築いた2人の天皇の陵墓として重要です。
  • 中尾山古墳
    7世紀末から8世紀初め頃に築かれた八角形墳です。火葬された人物を納めるための施設が確認され、文武天皇の陵墓である可能性が高いと考えられています。
  • キトラ古墳
    7世紀末から8世紀初め頃に造られた古墳です。石室には四神や天文図などの壁画が描かれ、当時の東アジアとの文化交流を伝える貴重な資料となっています。
  • 高松塚古墳
    7世紀末から8世紀初め頃に造られた古墳です。色鮮やかな人物群像や四神などの壁画で知られ、飛鳥時代の服装や文化を知る重要な手がかりとなっています。
住所 奈良県橿原市醍醐町
電話 0744-21-1115

ホームページ

公式サイト

世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会

「飛鳥・藤原の宮都」を世界遺産に!…

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