京都市の琵琶湖疏水は、明治維新後の京都復興の願いを託されて造られた、壮大な歴史を持つ水路です。明治時代の京都は、東京への遷都により一時的に活気を失っていましたが、当時の京都府知事である北垣国道（きたがきくにみち）が、水路開発による都市機能の再生を決意し、一大プロジェクトとして推進されました。

工事は、工部大学校（現在の東京大学工学部の前身）を卒業したばかりの若き日本人技師、田辺朔郎（たなべさくろう）が設計・指導者として抜擢され、外国人技師に頼らず日本人の力だけで施工された点が画期的でした。第一疏水は明治23年（1890年）に完成し、当時の内務省の年間予算額に匹敵する巨額の費用が投じられ、空前の大事業として知られています。完成後、水路は舟運、灌漑、上水道、そして特に重要であった水力発電という多岐にわたる目的で利用され、京都の近代化の礎を築きました。

琵琶湖疏水が京都のまちを大きく変えたのは、水力発電の実現です。明治24年（1891年）に設けられた蹴上（けあげ）発電所は、日本で最初の事業用水力発電所であり、当時の最先端技術でした。この電力のおかげで、工場動力の電化が進み、明治28年（1895年）には、全国に先駆けて市街電車が走り始めました。疏水の水は、舟運や発電だけでなく、現在も京都市民の重要な上水道源として、また、山科区・伏見区に残る農地を潤すかんがい用水としても利用され続けています。この歴史的価値と、現在も都市基盤として機能している点が評価され、令和2年（2020年）には「京都と大津を繋ぐ希望の水路 琵琶湖疏水」として日本遺産に認定されました。

琵琶湖疏水沿いには、その歴史を感じられる多くの見どころがあります。特に蹴上エリアでは、舟を運搬するために設けられた傾斜鉄道の跡地である蹴上インクラインが、現在は散策路として親しまれています。また、南禅寺の境内にある赤レンガ造りの水路閣は、古代ローマの水道橋を思わせる景観で、疏水の記念碑的な存在として人気の撮影スポットです。さらに、南禅寺の船溜りのほとりには、疏水の歴史や役割を学べる琵琶湖疏水記念館があり、当時の貴重な資料や模型を見ることができます。

疏水の流れに沿った散策では、季節ごとの美しい景色を楽しむことができます。大津から京都市山科区へ流れ出る山科疏水では遊歩道が整備され、春には桜、秋には紅葉の名所として知られています。また、かつて途絶えていた舟運が平成30年（2018年）に観光船「びわ湖疏水船」として67年ぶりに復活し、大津から蹴上までの約7.8キロメートルを、ガイドの解説を聞きながら船で遊覧できます。運航は主に春と秋の限定期間ですが、水上から疏水のトンネルを通り抜ける体験は、明治の偉業を肌で感じる貴重な機会となるでしょう。

散策や観光の際には、疏水の一部区間は今も現役の水道施設や発電所であるため、立ち入り禁止の場所や、私有地、危険な場所には近づかないよう注意が必要です。また、遊歩道や散策路として整備されている場所以外では、安全に配慮しながら見学するように心がけてください。美しい自然と近代化の歴史が共存する琵琶湖疏水は、京都のまちの深い魅力を再発見できる場所です。